Beretta / ベレッタ

イタリアは銃器発祥の地とされ世界的に名の知れたメーカーがいくつも存在するが、中でも有名なのがベレッタだ。米軍を始め多くの軍隊によって同社のピストルは制式採用されている。むろん、民間での愛用者も数知れず、ピストル、ショットガン、ライフルはもちろん、射撃に関するあらゆるアクセサリー類の製造も手がけている。世界各国に現地法人をおき、その規模と充実度は類を見ない規模であり、イタリアはもちろん、世界を代表するメーカーとして認められている。

巨大企業と評されるものも、最初はごくごく小さなところからスタートしているものである。それはベレッタも同じであった。切っ掛けは、1526年に初代バルトロメオ・ベレッタがベニス造兵廠に火縄銃の銃身185本を納品したことであった。

確かな技術を持った製品つくりは職人気質の高さを証明し、瞬く間に高い評価を得るにいたった。また、過去の常識に捕らわれず、常に新しいものに挑戦し、改良・改善を行うという発想は、現在まで絶えることなく、直系の子孫によって15世代にわたってベレッタの伝統は守り続けられている。世の多くの銃器メーカーが経営権を売買してきているのに対し、驚きでもある。

ベレッタは19世紀に全イタリアから周辺諸国にまでその販売網を広め、19世紀末から20世紀にかけて有名なピエトロ・ベレッタが近代的な製造方法を積極的に取り入れ、メカニズムに関する特許を多数取得。ベレッタは最初の会社登記をした銃器メーカーとなった。

1903年当時の従業員数は118名ほどだったというが、第一次世界大戦終了時の1918年には300名、第二次世界大戦までには1,000人に達していたという。現在は1,600名を超える巨大企業だ。その基礎を作り、大きくしていったのはピエトロ・ベレッタの功績によるところが大きいのである。

19世紀末、ベレッタ社の主力商品はハンティング用のショットガンと大口径ライフル銃で、特にショットガンの評価が高く、このころから世界中に輸出・販売されていた。しかしピエトロ・ベレッタは当時まだ珍しかったオートマチック・ピストルに目を付け、シンプルで信頼性の高い中型ピストルを完成させると、造兵廠の銃器しか採用しないイタリア軍に、制式ピストルの不足分を補うものとして採用させることに成功する。ここから軍用銃メーカーとしての歴史もまた始まるのである。

スポーツ銃の世界では、2008年の北京オリンピックでも、母国イタリアをはじめ、アラブ首長国連邦、オーストラリア、中国などの選手が使用し、メダルを獲得している。

A400 Xpolr Unicoは、信頼性と機能性を徹底追及して完成された12番のセミオートマチック ショットガンである。開発に充分な時間を掛け、10万発に及ぶ耐久力テストを行い、細かいデザインも見直されている。結果的に、24~64gのあらゆるカートリッジで満足できる性能を発揮してくれる。連射性能を高めながら反動軽減という背反する2つの課題を見事にクリアーし、射手の意思に反応する。もはや発展・改良の余地がないと言われることさえあるショットガンにおいて、明確な進歩を見せるA400 Xplor Unicoは、それを手にする人を喜ばすと同時に驚かす逸品である。

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しっかりとした造りであると同時に洗練された曲線が美しい。ドットサイトを乗せたいときにはマウント部分を簡単に取り付けられるのも実用性が高い。 銃は道具として優れていなければ意味が無い。機能性と耐久性を特に重視した設計製造の思想はベレッタがスタートした約500年前から普遍信頼となっている。
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握りやすく、フィット感が高く、滑らず、尚且つエレガントな仕上がりとなっているフォアグリップ。ベレッタのロゴもデザインされ誇りを感じる。